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あの柳原和子さんが逝く…

2008-03-05

柳原和子さんが亡くなったと、今朝の新聞に報じられていました。
http://www.jiji.com/jc/c?g=obt_30&k=2008030400824

柳原さんの死は、実は寺山心一翁さんからのメールで教えられました。
「ええ〜っ?」と驚いて新聞を開いてみたところ、
確かに、社会面にカラー写真入りではっきりと載っていました。


柳原さんとの「出会い」は、去年の8月23日のことでした。
「出会い」…といっても実際にお会いしたのではなく、
その日の朝「じあいネット」の会員申し込みメールが届き、
「柳原和子」という名前でしたので「ひょっとしたら?」と思い、
ぼくのほうからメールさせていただいたのです。

「もしかしたら、あの"有名"な柳原さんですか?」と。

そのときからメールや電話での「交流」が始まり、
以来、ガンそのもののこと、現代医療のガン治療のこと、
いわゆる「代替医療」と呼ばれているもののこと、
ガン患者の不安な心理のこと、そして千島学説のことなど、
それこそ話題は非常に多岐にわたりました。

柳原さんは「必ず札幌に行くから!」というのが口癖で、
その日がやってくることを、ぼくはずっと待っていました。
しかし電話などでややこしい話にからみつかれたりしたときには、
「これじゃあ、かなり疲れそうだなぁ…」と思ったことも度々<笑>。
にもかかわらず、ぼくにはその出会いに大きな意味を感じていたのです。

というのも、柳原さんからのコンタクトがあったのは8月23日で、
その日は実は、ぼくが以下の案内をしたまさにその日だったからです。
★千島医学講座の案内
http://www.creative.co.jp/top/main3378.html

そのなかでぼくは自分の「活動便秘が深刻化」していることに気づき、
(これではいけない・なんとかしなくっちゃ!)
と数ヶ月間思い続けてきた結果、
「いまやっていることは、対症療法的な行動にすぎず、大事なことは、
 千島医学の真髄を一人でも多くの方に確実に伝えていくこと」と思い、
その日の朝「千島医学講座スタート宣言」を以下のようにしたのでした。

 ガンの治癒は千島先生いわく、「気血動の調和」しかありません。
 「気血動の乱れ」がガンを発症(結果)させたのですから、
 ガン治癒には「気の医学・血の医学・動の医学」を知らなければなりません。
 ということから、「千島医学講座」をスタートさせたいと思っています。

と……。
このメッセージをアップしたのは朝の9時過ぎのことでした。
そしたら、それとほとんど同時くらいに、
柳原さんから入会のコンタクトがあったのでした。

「じあいネット」申し込みのメッセージ欄には、こう書かれていました。

 『ガン呪縛を解く』拝読いたしました。
 すばらしい著作をありがとうございます。
 わたしは人間の軟弱さを絵に描いたような患者で、
 がん呪縛そのものを生きることでみえる世界に人をみつめよう
 という道を選択してきましたが、
 この著作にはほんとうに感動いたしました。
 会員にさせていただき、いろいろと勉強させてください。
 ところで、なにかのおりにお電話さしあげてもよろしいでしょうか?
 いくつか、疑問があるのですが。

柳原さんの「いくつかの疑問」、それは多くのガン患者の疑問かもしれません。
だからこそ「千島医学講座」を進めていかなければ…。
柳原さんとの「出会い」によって、強くそう思ったのでした。

柳原さんのメッセージを読んだぼくは、
そこに勝手に、また別な意味も感じとりました。
あれだけ著作やテレビ、新聞などのマスメディアで有名な方なんだから、
もしかしたら、その柳原さんが千島学説を理解してくださって、
その結果、本当に柳原さんのガンが完治してしまったとしたら、
そこから社会に新たな火がつくかもしれない…。
そこには正直、小さな打算(もくろみ)もあったような気がします。

その柳原さんが亡くなってしまった…。
やはり、これはかなりのショックです。
「疲れそう」とは思いながらも、実際にお会いしてお話ししたかった。
そんな悔しさ、無念さも心に残ります。

柳原さんは、本当はすぐにも札幌に飛んで来るような意気込みでした。
それが、いろいろあってどんどん延びてしまいました。
最後のチャンスとしてあったのは、たぶん11月だったでしょう。
酒向先生を札幌にお招きして「千島医学フォーラム」を開催したとき、
あるいはそこに柳原さんが参加する可能性もあったのです。

しかし「それが終わったあとに」ということでしたから、
忙しさが一段落したときに、ぼくは改めてメールしてみました。
そしたら11/8に、以下のような返信がありました。

 メール拝受。ご心配ありがとうございました。
 わが家族にもさまざまありまして、実家に行っておりました。
 帰宅して、ニュースレターを拝読。
 この間、いくども末期のかたとの関わり、
 そのかたの病状悪化が報告されておりました。
 稲田さんの誠実さを伺える文章として読ませていただきました。
 が、ちょっと、わからなかったので教えてください。
 「彼が亡くなった」→「千島学説をもっとよのなかに広める」
 というところの「→」のなかにこめられた具体的な内容です。
 そのかたは医療の不備で亡くなられたのですか?
 医療がなければ、亡くならずにすんだのですか?

 北海道に伺う意志はみなぎっていて、
 二日にも伺おうとごたごたしていたのですが、
 家族の問題が勃発してどたばたしてしまいました。
 酒向さんの講演会は愉しそうだったようで、
 準備その他大変だったと想像します。
 タフにお仕事なさっている様子が文章のはしばしから伺えます。すごいですね。
 わたしのように心身へたって仕事までやめてしまう軟弱なのとはおおちがい。
 筋金入りですね。
 仕事をやめている日々はほんとうになにもない日々ですが、
 しかし、こころはとってもおだやかです。
 どうやら社会というのと接点をもつこと自体がストレスだったような気もします。
 まあ、しかし、生きている以上は生計を成り立たせなければならず、
 あと二ヶ月ほど休業したら、なにかを再開しなければ、
 とは思っていますが、どうなることやら。
 はなはだ評判の悪いものかきの世界もおそろしく厳しくて、
 作品が売れなければすぐに消滅、ってなところなので、
 もはや消滅している可能性大(笑い)、というところなんですが。
 ともかく、千島学説ならがん患者は救える、治る、というか、
 少なくとも医療からの被害だけはないという稲田さんの説、
 またがん呪縛、について詳しくお話を伺えれば、と思っております。

このときのメールは、とても素直で、自由と自然感にあふれていました。
少なくても、そこには「がん呪縛について詳しくお話を伺えれば」とあり、
決して「論争」を挑もうというものではありませんでした<笑>。

しかし、結局、これが最後のメールになってしまいました。
その後はメールでは面倒と思って何度かお電話してみたのですが、
「必ず札幌に行くから」ということでしたので、安心していました。

それなのに、いきなり訃報が届き、本当にショックです。
これも、あれだけぼくが決意して「千島講座」を続けると言ったのに、
今年になってまだ一度も開いてなかったからではないか…、
どうしても、ついそんなふうに考えてしまいがちです。

柳原さんは、とにかく非常に存在感の大きな方でした。
たくさんの著作が、きっと大勢のガン患者に読まれたことと思います。
それだけに、「ガン死」してしまった柳原和子さんは、
いったいどのようなかたちでマスメディアに報じられるのでしょうか。
そのことを注視しながら、気がついたことをまた書かせていただきます。

それにしても、一度もお会いできなかったことが悔いに残ります。
しかし、そのことにもきっと深い意味があったのでしょう。
最後になりましたが、心よりご冥福をお祈りいたします。


★以下は、柳原さんが書いたガン関連原稿の一部です。
「がんを生きる「がん患者学」−その後―」
http://www.icntv.ne.jp/user/alpha/tusin/tusin22.html


稲田芳弘


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