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不気味な「空気」に「水を差す」ことの意味

2003-12-07

今日は朝からいくつものテレビを観ていました。
フジテレビ、TBS、日本テレビ、NHK、テレビ朝日…。
そのすべてで「外交官の死」を報じ、「自衛隊派遣問題」を論じていました。

新聞やテレビなど、いわゆるマスメディアが作り出す「空気」を、
ずいぶん前からじーっと観察してきたぼくとしては、
早くも「国家レベルの空気合意」が形成されだしたいま、
そこに「水を差す」営みが、ますます重要になってきたと思っています。
もしこうした営みが萎えてしまったら、
日本はもう一度「破滅の危機」に直面することにもなりえます。
これが単なる杞憂に終わることを願うばかりですが、
しかし今朝のマスメディアの空気に、とても深刻なものを感じました。

「空気」がいかに恐いものであるか。
戦前にこのことを体験した日本は、もう十分に知っているはずなのに、
またもや同じような「空気呪縛」に遭遇しています。
そこで、ちょっとくどいかもしれませんが、
「空気の研究」から、「水を差す」ことの重要性について、
簡潔に引用させていただきます。

●戦後の一時期、われわれが盛んに口にしていた「自由」とは何であったか。
 それは「水を差す自由」であり、
 これがなかったために、日本はあの破滅を招いた。

●戦争直後「軍部に抵抗した人」として英雄視された多くの人は、
 勇敢にも当時の「空気」に「水を差した人」だったことに気づくだろう。

●「英雄」は必ずしも「平和主義者」だったわけではなく、
 ちなみに「竹槍戦術」を批判した英雄は、
 「竹槍で醸成された空気」に、「それはB29に届かない」という「事実」
 を、口にしただけである。

●「事実を口にすること」こそ「空気」を一瞬で雲散霧消してしまう「水」
 だから、その行為は「非国民」とされて不思議でない。

●「水を差す自由」こそ「自由」の本質であり、これを失ったら大変だと、
 戦後の人々が感じたことも不思議ではなかった。

●われわれは今でも「水を差す自由」を確保しておかないと、
 大変なことになるという意識を持っており、
 この意識は、組織内でも組織外でも働き、
 同時に、この自由さえ確保しておけば大丈夫という意識も生じた。

………しかし現実の日本の社会は、この自由がかなり阻害されています。
組織内では「水を差す自由」は、まずないといっていいでしょう。
実際、外務省内で「イラク戦争に反対した天木大使」はクビになりました。
それはさておき、いまの不気味な空気に対して「水を差し続ける」
このようなサイトが、とても大事な役割を担っているのではないかと思っています。


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