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天皇制=典型的「空気支配」へのレスに対して
2003-12-06
今朝の『天皇制=典型的「空気支配」』にレスポンスがありましたので、
次のようなコメントを書いてみました。
レスと、それに対するコメントを、以下にご紹介します。
……………………………………………………………………………………
「ある空気」は、9・11以降、いえ、具体的には、
一年前の9・17以降リアルに急ピッチに醸成されてきたような気がします。
それまでのマスコミの積極的な空気醸成の役割は、
様々な戦争法案が作成されるに比例して、確かな布石をになってきました。
思えば、私は、コイズミが首相に選ばれるとき以降、
マスコミのなりふりかまわぬ犯罪性に、辟易していたものですが、
それにしても、どうして、このような分かりやすい権力誘導装置に、
人々は、日本人は乗ってしまうのでしょうか。
天皇の死去のときも、一億総自粛化現象でした。
老いも若きも、男も女もです。
このような些細な現象(少なくとも、自分にとっては)にさえ、
「ある空気」になびく日本人は、
ある種、思考の根腐れ現象をおこしているのではないでしょうか。
思考の自立が急務ではないかと思うのですが、
もはや、ここまで戦争レールが太く、長く敷かれてしまっては・・・と、
暗澹たる思いに駆られます。
ちょうど、満州事変勃発、日本が戦争に突き進み、
小林等の弾圧・虐殺も開始されています。少しの戦争体験のある叔父に聞いても、
今を戦争状況ととらえていません。
近所の83歳のおばあさんに、問うても、
「今は昔とはちがうわね、緊迫感がないもの」とこたえるのみ。
「緊迫感がないからこそ、怖いのでは」といっても、
返ってくる答えは、昔の思い出話です。
さて、それにしても、今はやはり、
昔ほどにはあからさまな弾圧はないといってよいかもわかりません。
それだけ、より以上の国民の「ゆで蛙化」がはじまっているということです。
こちらのできあがったファシズムの方が恐怖です。
またソフトなだけに、智恵と工夫次第で、突き破れる可能性があるのかもしれません。
それにしても、知識人といわれる表現者たちは、
最初から転向しているのですかね。
痴性的なテレビマンたちはともかく、
活字に登場するオピニオンたちの言説のあきれはてることといったら・・・
ただ、大方は「ある空気」など意識もせずに、
吸い込んでいるだけだとおもいますので、こちらも構えず、
空気のなかにある毒素をやんわりと指摘してあげることがいいのかなと思っています。
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レスポンス、ありがとうございます。
>今はやはり、昔ほどにはあからさまな弾圧はないといってよいかもわかりません。
>それだけ、より以上の国民の「ゆで蛙化」がはじまっているということです。
>こちらのできあがったファシズムの方が恐怖です。
おっしゃる通りだと思います。
ミッシェル・フーコーは近代の権力の本質を、
「自ら進んでするようにし向ける権力」としています。
つまり近代の権力は、決して何かを無理強いしたりはせず、
逆に、人々に優しく、厳しく、情愛に満ちて、
理性的に働きかけるのだというのです。
要するに「踊らせる」のではなく、「踊ることを可能にしてあげる」わけです。
しかもそのために、一人一人に注意を払い、一人一人の面倒を見る。
そこには黒々とした権力の影など、ほとんど見えません。
これを称して「パストラルの権力(牧人・司祭、羊飼いの権力)と
フーコーは言っていますが、早い話、
羊飼いは、ヒツジ一匹一匹に気配りすることで「信」を勝ち取り、
そして群全体を自ら企図した方向へと、実に巧みに誘導していく。
その意味で「信」は、パストラルの権力を行使する引き金とも言えます。
これがある意味で、いちばん巧みであり、怖い支配ですが、
その点、ブッシュも小泉も、ちょっと間抜けなのではないでしょうか。
やること成すことに、馬脚が見えます。
それはあたかも「田舎芝居」あるいは「三文小説」。
(決して一般の田舎芝居をバカにするわけではありませんが)
だから、このようなサイトで冷静に、客観的に事実を見極めていきさえすれば、
いかに飼いならされた「ゆで蛙」といえど、
どこかでそのおかしさに気づいて、飛び出すのではないでしょうか。
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