Creative Space トピックス

エコろじーシフト

浮遊空間

エコろじー

BBS

便利広場

『人質の足跡に立って』★イタリア人質問題

2004-05-09

★イタリア在住邦人が翻訳してくれた記事をご紹介します。


『人質の足跡に立って』

ジャーナリストであり風刺画家のVAURO(ヴァウロ)氏による記事
〔‘il manifesto’、五月七日付けより〕

バグダッド、カブール経由で、ジノ・ストラーダ氏と。            
戦乱が一層激化する都市で、三人のイタリア人人質解放を成し遂げるために、イラク人との接触を求めて。
この件については、テレビ報道停止が命じられた。

「我々の行動は――Emergency創立者は語る――交渉ではなくて、あらたな不幸を回避するための請願である」

早朝、ヴァレンテイーノ・パルラートとカブールに着く。無鉄砲な(残念ながら)運転手が、都市が見せる常化した瓦礫の風景を横切り、組織の病院のすぐ前に立つEmergency本部に、がたがたのタクシーから私達を降ろす。私達を迎えたのは、イタリア人、他の国籍の人、そして数人のクルド人看護士、私には古馴染みの友人だ。
「ジノはどこ?」「バグダッドへ発った」彼らは答えた。同じ頃、イラク人捕虜虐待の写真が世界の世論にショックを与えていた。

この新聞のデイレクターと電話で短い会話
:私とヴァレンテイーノは任務を分けなくてはならない。私は荷物でなくヴァレンテイーノを放り出す時間しかない。そして時差と乗り継ぎと空港の渦のなかに、胃が口から飛び出しそうになって、予期せぬ一団のバグダッド入り歓迎の標的にならないよう旋回しながら下降する双発機で、着陸しようとしていた。連絡がとれ、都市にいるジノ・ストラーダに追いつくことができた
:彼はファルージャ地区からきた数人のイラク人と話し合っていた。彼らのうち一人が、自分の庭で摘んだという白い花をくれた。だがその香りは、一ヶ月にわたる米国の包囲で都市の住民がおちいった状況を語る彼のことばの発する悲劇の匂いを消しはしなかった。
650,000人の住民のうち85パーセントが都市から避難できた。残った住民は、ここ十日間飲用水の蓄えがない。水の貯蔵所は米軍の攻撃目標とみなされ、破壊された。電気もない。320人が砲火のもとに死亡、うち35人は子供、死亡者、負傷者は約1700人、多くが破片と銃弾による負傷だが、救急車も攻撃目標とみなされている
:三台もの救急車が攻撃破壊され、そのうち一台にはアメド・モハメド・イアウィ医師が同乗していたが、死亡した。そのうえ、ファルージャ総合病院に辿り着くのは不可能だったという。アメリカ人は町中を横切る川にかかる橋を監視し、誰にも病院へ行くために橋を渡ることを許可しなかった。ファルージャの戦いでは、これらの証言によると、米国のヘリコプター十四機撃墜され、500人の米兵が死傷(米軍の発表による71人とは一致しない数字)。二人の米国人、軍人一人と軍で働いていた民間人が、まだイラク・ゲリラの捕虜になっている。私達にこれらの事を語るひとの表情には、しかし、怒りや復讐の感情より苦しみ、悲しみのほうが強く出ていた。多くの人からレジスタンスの象徴とみなされている以上に、なによりもまず絶望の土地となった都市に、人間としての忍耐のあらゆる限界を越えて生きなければならないたくさんの人々を思い、大きな不安を感じる。おそらくこのために、まず始めにジノ・ストラーダに私が尋ねたいと思うのは、Emergencyはその荒廃した都市に人道的救援活動を準備しているのかということだった。

「イラクに来るたびに、――彼は答える――あらたな惨事と、助けを求めるあらたな声に直面する。昨年ケルバラで、そしてモスルで、キルククで、同じことが起きた。人間の非常事態が発生している場所ならどこにでも、私達は人々を救援する義務があると感じる。これはファルージャにも同じことがいえる。ファルージャには、病院に負傷部を縫合する糸もない。」

「ジノ、でもイタリアのメデイアは君が三人のイタリア人人質問題にポジテイヴな解決策を試みるためにここに来たのだと言っている。それについてはどうか?」
「今朝、イラク社会で影響力のある人達に会った。その中には、イブラヒム・アル・クバイシ、先日私がアンマンで数回以上会ったアブドウル・ヤバルの兄弟もいた。彼らを通じて、人道的な行動を再度請願し、イタリア人の大多数はこの戦争とイラク占領にイタリアが参加していることに反対だと、確言した。」

「ベルルスコ−ニの、イタリアはヨーロッパでナンバーワンの味方だと、またイラクでの軍駐留を六月三十日以降も維持する意向を示した最近の声明は、人質問題のポジテイヴな解決のチャンスを危うくする可能性があると思うか?」

「ベルルスコーニは――彼は答えた――報道停止を要求した。それならイラクでの軍事活動を熱狂的に支援する声明も避ける必要があるはずだ。特に、たくさんのイラク人、アフガン人捕虜が占領軍に与えられた虐待の野蛮さに、世界が震え上がっている時には。」

「いずれにしても、三人の人質解放に至る可能性はあると思うか?」

「容易ではないだろう。これから先、有望な知らせがあることを祈る。だがそのためにも、あらゆるコメントや無遠慮な言動を避けることは不可欠だ。私達は、交渉に当たっているのではない。私達はただ、あらたな不幸とあらたな苦しみが、今すでにある以上に加わらないようにと、願い求めているだけだ。この国で、私達は250,000人のひとを治療した。民族や政治的な差別なしに。ただこの信頼性だけが、私達に今日、いくばくかの希望をもって、人質解放の請願申し出を可能にしているのだ。」


同誌同記者の新しい記事が、今日の新聞にも載っています。時間がつくれたら、それも日本語に訳してみようと思います。
一方、ラジオ、テレビはやはりこの件に関しての報道はごく控えているようで、ラジオでは一日のニュースのうちほんの一〜ニ回、イラク関連情報のいちばん最後にちらっと触れる程度です。
それによれば、ジノ・ストラーダ氏とその一行は、ファルージャの難民に毛布、食糧、飲用水などを供給しはじめたとのことです。
また、イタリア人人質が、ひとつの誘拐犯グループでなく複数のグループの手にあるようだとも言っていました。
ポーランド人の記者がアルジェリア人記者とともに襲撃され、死亡したニュースも聞きました。彼らはイラクに着いたすぐ翌日に、殺されてしまったそうです。
現地がいかに危険な状態になってしまっているか、察せられます。
ジノ氏とその一行が、また他にも人道的救援に従事している人々が、無事に活動を続けられるよう、祈ります。


米軍に「怒り」の歌 ファルージャで聖戦訴え
2004-05-09
イラク民間人遺族、英国で提訴
2004-05-09
『人質の足跡に立って』★イタリア人質問題
2004-05-09
ファルージャ:何度でも闘うだろう
2004-05-09
【苦しむ人々】ダール・ジャマイル
2004-05-09

その他一覧...

トップへ戻る