ハプニング/ハプニングから見えだしたもの…
その一つは、化学物質の害を、自ら生身を通して実感できたことです。
もしこの体験がなかったとしたら、たぶん他人事程度の軽い認識で終始していたかもしれません。つまり、頭では分かっているつもりでも、その本当の大変さがなかなか理解できないということです。しかし激痛と戦い続けた日々のこと、そしていまなお続いている神経的な後遺症のことを考えるとき、そこには「シックジャパン」の恐るべき現実がありありと浮かび上がってきます。
(このことは「シックジャパン」でさらに考えていきたいと思います)
もう一つ、ハプニングを通してつくづく思ったことがあります。
それは、いわばぼく自身の『エコろじー』に対する姿勢そのものです。
それを一言でいえば、「いったいおまえは、なぜこんなことを始めたのか?」という自問に対する答が、より鮮明になったとでも言えるでしょうか。
そう、いったいぼくは、何のために『エコろじー』を始めたのか。
それをとことん考え抜く時間が、幸いにも入院を通して与えられたのでした。
それまでは正直なところ、『エコろじー』は社会に対するぼく自身のひとつのポーズ(自己表現)でもあり、また事業的な意味合いも込められていました。
すなわち、そこにはある種のカタチ(体裁)や社会的スタイル(ステイタス?)を保とうとする意識がどうしても働いていたのです。
分かりやすく言えば、
・B4・16ページで始めた以上、このスタイルを維持しなければならない。
・目標の全市配布を、一刻も早く実現させなければならない。
・広告基盤を確立し、少しでも早く事業利益を出さなければならない。
等々、そこにはやはり不自然な「りきみ」がありました。
しかし、それは決してエコロジカルな営みではないことに気づいたのです。
これは非常に貴重な体験であり、発見でした。
そしていま、とても静かな気持ちで、再びゆっくり歩き出しました。
『エコろじー』はいま、A4・4ページの小さな新聞です。
それもオフィスに新しく印刷機を入れ、自ら印刷までしています。
しかし配布地域は拡大し、西区・手稲区・中央区(丸山&宮の森)をカバーするに至りました。これは、伝えたいメッセージだけを吟味して届ける媒体です。本来目指したスタイルからはかなり変形してしまっていますが、しかし「より深い思い」がそこには込められていると思います。
そして、インターネット… -->