「環境問題に国境はありません」
ハイケ・パーペンティンさんは、大学でドイツ語を教えるかたわら、札幌市環境保全アドバイザーと札幌市環境保全協議会副会長を務めている。日本人の夫と二人の子どもとともに札幌市内に居を構え、「環境先進国」ドイツの人間として、また日本に住み、日本人の暮らしに溶け込む生活者として、真摯に日本の環境問題をみつめる。「環境問題に国境はない」のだから、当然のことといえるが、日本社会の関心は欧州に比べ、まだ低いのが現状。「いろいろな人が、いろいろな団体の名刺を持ってくるのですが、どうして、それが一つにまとまって大きな流れになっていかないのでしょうか?」と、ハイケさんは不思議がる。「私の環境問題になってしまっているのでは?」そんな疑問も口をつく。ドイツでは、環境問題の旗手となったのが市民であり、市民が中心になって市民運動の輪を広げ、とうとう緑の党が政権を掌握した。いかにも、成熟した市民社会の意識が底に流れているように見受けられるが、日本はどうだろうか。
▼ 日本社会は不思議なところで、例えば、ある住人が「紫外線が原因でアトピーや皮膚ガンになったので、ほかの住人にも被害があるから、紫外線情報を出してほしい」と市に要望したとします。しかし市は、こう言うでしょう。「住民の問題はまず町内会が取りまとめて、それを管轄の区役所に相談して下さい」と。そういう仕組みをまず市から「降ろされ」るはずです。しかし、そう言われて、町内会が市民として立ち上がることを期待する住民はおそらく皆無でしょう。市民運動なら、個人でやれといわれる。しかし、もし、市民運動をしたとしてもドイツのように全体には広がりにくいと思います。
ハイケ 日本は、上位下達といった仕組みのある社会のように見えます。だからお役所の方が市民に環境問題について徹底したら、比較的まとまりやすいのではないでしょうか。これは、ドイツとまったく逆のところに位置しています。ドイツは、リーダーシップを取るのはいつも市民です。まして、環境問題ではいろいろ苦い思いもしてきていることもありますから、市民は、黙っていません。この問題に関しては、一つにまとまるのも早かったのかもしれませんね。
▼ 日本社会に独特なことなのかもしれませんが、どこでもピラミッド構造があって、十分議論するというのも苦手なのではないかと思います。民主主義の形式が取られていても、たいていは、どこそこのあの人と関係が悪くなるのがいやなために議論するよりも迎合してしまうことも珍しくないからです。ですから、市民運動は、正しいポリシーを優先するのではなく、人間関係や利害関係などのしがらみのためにしない人もいることでしょう。
ハイケ ドイツでは、市民が自分たちの暮らしを作っていくのは当たり前だと考えています。例えば、プラスチック製品をドイツ人は買わない。日本にはプラスチック製品があふれています。私は小さい子どもがいますから、とても気になります。ドイツでは身体に悪いもの、環境に良くないものは買いません。プラスチックでできたものを売っていたとしても買いませんから、企業も作らないし、売ることもありません。市民という消費者が、環境に悪いものを拒否すれば、企業は売れないものは作らなくなるのです。
▼ 日本にも環境問題に関心の高い人はたくさんいるのですが、ドイツと日本では環境意識の高さに二〇年くらいの差があるかもしれません。しかしハイケさんがおっしゃるように、環境問題に国境はないのですから、ドイツで悪いものが日本でいいものに変わるわけではありません。それが堂々と売られ、また、たくさんの消費者がそれを買うというのは、気になる現象です。もっとも、価格が安いということも影響しているのかもしれません。
ハイケ ドイツでは小さいころから環境を意識して暮らしています。環境教育が幼稚園のころから行われており、ゴミ箱に印が付けられ、ゴミの分別も自然に身につくように教えられます。責任を持たせるのは三才から。それには、大人が見本を見せなければなりません。環境教育のための絵本もたくさん作られ、読まれています。
▼ 環境教育も、徹底したものがありますね。ハイケさんも、環境教育を受けられたのですか?
ハイケ はい。私が受けたころは、まだ初期のころのものです。当時環境汚染のことを学ぶと、地球に未来が感じられなくなり、子ども心に恐怖感や不安感を抱いたものです。こうした経験があるからこそ、環境教育をする場合、まず子どもたちが自然に親しむことで、自然を愛する心を育てることがなにより大切なことだと思うようになりました。
▼ 地球の自然環境が豊かなら、あまり意識もしないで暮らしてしまい、自然があることが空気のようになってしまいますけれども、産業革命以来の工業化でヨーロッパがまず環境破壊を実感して、その危機意識が大切な未来である子どもたちに環境教育を徹底させることになったのですね。
ハイケ ドイツでは、学校に自然の生態系を生かしたビオトープがあるのが普通で、そこで子どもたちは、自然と触れあいながら、自然の大切さを受け止めていきます。環境教育の目的は実は、こんなシンプルなところにあるのです。
▼ ビオトープは日本にはあまり定着していないのですが、札幌市内の小学校で去年校庭にビオトープが誕生し、テレビのニュースでも紹介されました。シックスクールなどが今問題になっているだけに、とても意味のあることだと思ってみています。何かの本で、ドイツもコンクリートに囲まれた校舎にいると、子どもの心が荒れやすくなったので、土と緑を学校に呼び戻したというようなことを読んだことがあります。そのことについては、後日またお話を伺えたら、と思っていますが、日本の学校もこれから少しづつでも変わってゆくのではと期待はしています。とはいえ、時間はかかりそうです。
ハイケ 環境教育というのは、自然と触れあうところから始めるのがベストです。
ドイツのある小学校に面白い例があります。ミミズがゴミの分別の大切さを子どもたちに教えたのです。土を入れたガラスケースの中でミミズを飼い、全校公開で観察させたのですが、これは、小学校の校長先生が率先して行ったものです。
さて、ミミズはカーロと名付けられて、たちまち人気者になりました。土の中には、生ゴミとプラスチックが入れられました。子どもたちはミミズのカーロの動きに興味津々です。ミミズが生ゴミを食べて分解していく様子がよくわかります。ところが、プラスチックはいつまでたっても変わりません。何年経ってもプラスチックのままです。子どもたちはミミズのカーロを通して、土に分解するゴミとそうでないゴミを教えられたのです。同時にミミズの棲める土が、どんなに大事かも実感として、学んでゆきました。
▼ すごい環境教育ですね。ミミズを毎日観察するのですから、自然にミミズに愛着も出てくるでしょう。自然の中でのミミズの役割もちゃんと理解されますね。ミミズも必要が合って、生態系の中で生きているのだと。