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●かわいい?ドーム

 二〇〇〇年の元旦をドームで迎えた。
 このドームは、Y2K対策も考えて十二月に立ち上げたものだった。わが家の青空駐車場のコンクリート壁を木造構造で閉じ、その上に直系五・五メートルのドームを乗せたものである。
「うわーっ、かわいい!」
 どうやらこれがドームを訪れた者の第一印象であるようだ。なるほど、坂の下から見上げるドームは、しゃれた喫茶店めいた印象もある。丘のてっぺんに建っているというのも、面白さをひときわ際だたせてくれているのかもしれない。
 そう、直系わずか五・五メートルとあって、ドーム自体はこじんまりとしていてどこか可愛い。しかし中に身を置くと、ほぼ三メートルある天井は意外とくつろぎ感があり、また上部と南東側に取り付けた計六カ所の変形窓が、ドーム内に明るい光と、のびやかな雰囲気をもたらしてくれる。それがドームならではの楽しさでもあり、ドームは実寸よりもかなり余裕の感じられる不思議な空間を作りだしてくれている。

 ドームの元々の設計者はバックミンスター・フラーだ。
 フラーは「宇宙船地球号」という言葉を生みだした天才的科学者としても知られている。そのフラーのことをぼくが知ったのは、もう三十年近くも前のこと。以来ぼくは、フラーの考え方にすっかり共感させられてきた。
 フラーのことは新たな章をもうけて述べるとして、もう少しドームのことを紹介してみよう。

●半日で建ち上がった

 ドーム自体を建ち上げたのは、一九九九年の十二月に入ってからだった。
 そのころの札幌はすでに雪の季節に入っていたために、いつ建ち上げを実行すべきか、天気をにらみながらチャンスを待った。もちろんそれまでの間にわが社の芳賀くんがコンピュータを使って設計図面を起こし、それにそって木材を加工して二等辺三角形三十枚と正三角形十枚のパネルにした。加工の仕事を担当してくれたのは札幌で建具屋をやっている友人である。
 ドームに関する知識はあったものの、実際に建ち上げるのは初めてである。はたしてうまく建ち上がってくれるものかどうか……。当日集まってくれた数名の仲間たちは全くの素人であり、しかも建ち上げ作業が午後になってしまったこともあって、正直ぼくには不安があった。
 しかし、ドームは夕方までに建ち上がった。終わってみれば半日仕事だった。
 とは言ってもその日建ち上がったのはドーム部分だけで、入口と窓部分は開いたままである。翌日からはまた雪が降ってきそうなこともあって、ドーム全体に青い工事用のシートをかけ、再び雪が晴れるチャンスを待たなければならなかった。

●厳しい冬を越える

 こうしてどたばた作業でなんとか建ち上げたドームも、すでに厳しい北海道の冬を越えた。本当は内部に断熱材を入れようと思っていたのだが、ドームはなんと厚さたった二十ミリ程度のコンパネ(構造材)一枚だけで冬を越してしまったのだ。それも、力ずくで急ごしらえした入口部分にはあちこちに隙間があり、そのうちに入口ドアのドア枠が変形して、ドアがぴたりと閉まらなくなってしまった。
 にもかかわらず、零下十数度にもなる北海道の冬をドームは越えた。
「越えた」というのは、その中で寝泊まりや仕事をしても全く平気だったということだ。
 暖房に使ったのは小さな石油ストーブ一個と、約○○坪の一階部分に置いたマキストーブのみである。それも決してガンガン焚いたわけではない。マキストーブに関してはマキの用意ができなかったこともあって、ほんの一時期使ったのみ。マキがなくなってからは、これまた小さな石油ストーブ一個を使ったのみだった。
 実際に冬を越してみて、それはまさに驚きだった。しかしその一方で「やっぱりなぁ……」という思いもあった。そう、これはある種の実験でもあったのだ。そしてその実験とは、
「フラードームとアイヌ住居(縄文住居)を組み合わせて空間を作れば、
 厳しい冬も案外快適に乗り越えることができるかもしれない」
 という期待感からのものだった。
 少し説明をしよう。
 二風谷の萱野茂さんを訪問したときに、敷地内にいくつも点在しているアイヌ住居を見せてもらったことがある。それらを建てたのは数名の主婦や素人たちということだった。
 アイヌ住居は、入口を入るとまず土間があり、家のほぼ中心にかなり大きめの囲炉裏がある。その向こうは板の間で、板の間の下はいうまでもなく土。つまり、住居全体の下には土がそのまま残されているのである。
「こんなもので北海道の寒い冬も大丈夫なんですか?」
「大丈夫ですよ。囲炉裏には夜も小さな火を焚いていて火を絶やさないから、
その熱で家全体が温まり、しかも土まで温まるんです」
 なるほど、と思った。火を焚き続けることで土間や床下の土を温めているのだ。だからこそアイヌ住居は、これだけ厳しい北海道にあって平気で冬を越すことができた。そこには土の保温力を上手に生かす知恵が働いていたのだ。
 縄文住居も基本的には全く同じ発想である。もっとも、縄文文化とアイヌ文化は連続しているのだから、住居に関する知恵が同じだったとしても当然であろう。
 が、縄文住居の場合は、住居全体が半地下構造になっていて、そのほぼ中央に石を並べて作った囲炉裏がある。もちろんそこにはアイヌ住居のような板間などなく、住居全体が土間になっている。そのほうがむしろ土の保温力を有効に利用できたのだろう。

●気楽に考えよう

 幸いにもわが家の駐車場は坂の途上に位置しており、コンクリート壁はかなりの部分が土留めもかねていた。つまり半分以上が土にどっぷり接しているのだ。だから、これを閉じればそのまま半地下空間になり、その中に土間を残して熱を与え続けるなら、それはそのまま「現代版縄文住居」になってしまうにちがいない。
 そう考えたぼくは、さっそく友人の建築家に相談した。しかし建築家や施工業者の意見は、壁が土留めになっているために、床下に何重もコンクリートを敷いて断水しなければ、春先に水浸しになって大変と言う。それはある意味で当然のアドバイスだった。
「水が出たら、水も楽しんでしまうよ」
 ぼくは笑いながらそう答えた。というのも、自然を完全にシャットアウトした現代住居に、どこか違和感を感じていたからだった。
 なるほど、水や土はやっかいだ。水はすべてを濡らしてしまうし、土があれば虫や草も出てくるだろう。それは非衛生的な空間であり、汚いことが大嫌いの日本人にとっては不快以外のなにものでもない。しかしぼくは、コンクリートで土全体を完全に密封してしまうのではなく、土をオープンに残したまま土間を作ることにした。
 もちろん一階の一部は板の間にした。が、その下には土をそのまま残す。これならたとえ春先に水が出たとしても、水は板の間の下を流れて土間に集まる。いずれ土間にはレンガなどを敷き詰めることにし、水を外に出す工夫をしさえすればいい。あるいはその水がうまく利用できるかもしれない。
「そのときはそのときさ」、それがぼくの結論だった。
 そして二階部分にフラー・ドーム。
 フラー・ドームの頑丈さは、すでに富士山頂の気象観測レーダー用のドームでも証明済みだ。その構造の強さは、風速百メートルもの突風や猛吹雪に襲われるあの富士山頂で、三十六年間も耐え続けてきたことからも折り紙付きである。
 しかもドームは空気の対流を見事に生みだすから、暖房効果もすこぶるいい。またいくら雪が降り積もっても、ドーム内部の熱と重力で自然に落下してしまうにちがいない。
 そうした推理は、ひと冬を体験することで、ものの見事に証明されることとなった。
 ただ、立ち上げて間もなく雪になってしまったこともあり、ドーム外部の防水作業がほとんどできず、そのため上部の窓や接合部分の隙間から水が入り込んできたりして、冬中ずっとテントをかけ続けなければならなかった。水に濡れれば腐食も進み、耐用年数も縮むだろう。
 しかし、腐食に耐えられなくなったら、また新しく建ち上げればいい。なにせ、三角パネルを解体するのも簡単であれば、わずか半日で建ち上がってしまうのだから心配することもない。
 しかも、材料費だけならたぶん十万円もあればオーケーだろう。今回は初めての試みということもあってプロの友人に加工を頼んだが、時間の余裕とちょっとした道具さえあれば自分たちの手で十分に作れるのだ。
 そう考えれば、じつに気楽なものである。
 そもそも世の中にあるものはすべてが「仮設」で、永遠のものなんてのはありえない。人生だってあるいは「仮のもの」かもしれない。住宅を頑丈に長持ちできるように造らなければならないというのは、たぶんそれに莫大なお金がかかりすぎ、住宅造りが一生ものの大事業と思いこんできたからであろう。

●「思い込み」を嗤う

 ようやく本書のテーマにたどり着いた。そう、ぼくはこの本で「思い込み」を嗤い飛ばしてみたいと思っている。というのも私たちは数々の思い込みに縛られているからだ。私たちは常識や社会通念なるものに支配されて生きている。が、それもどうやら解け始めたようだ。そのことを本書で指摘しながら、二〇〇〇年から始まっていくものを考えてみたいと思う。
 その意味でも、まずフラー・ドームについて書きたいと思った。
 なぜなら、ぼくたちはドームを雪が降る北海道の十二月に建ち上げ、断熱材も張らずに冬を越してしまったのだ。雪が心配な北海道にあっては、十二月に建設に取りかかること自体がそもそも異常なことである。が、ドームならそれも可能で、実際わずか半日で建ち上げてしまったのだ。これは建築の常識を大きく変える快挙とはいえまいか。
 また実際にドームに入って見れば一目瞭然なように、ドームは三センチ程度の角材枠とコンパネだけでできあがっている。それも決して上等な材料ではない。なのに、わずかな暖房で厳しい北海道の冬を越え、猛吹雪や突風にも全く動じなかった。それも三角形の組み合わせパターンがドームにかかる力を巧みに分散させ、共に強化し合っているからである。四角の壁ならどうしても斜交いが必要になるが、三角形ならそれ自体が安定強化する。富士山頂のレーダードームも、フラーの設計を生かしたからこそ風速百メートルもの暴風に長年耐えることができた。この事実もまた、建築空間は水平・垂直が基本という常識的な思い込みを大きく変えてくれるのではなかろうか。
 そのうえドームはじつに不思議な快適空間を造りだしてくれている。それはクリエイティヴな刺激すらもたらす。しかもそれがほんのわずかな材料と労力とお金でできてしまうのだから、「住空間づくりは男一生の大仕事」と思いこんでいる人にはショックであるにちがいない。
 また、縄文文化やアイヌ文化を「未開・原始的・野蛮」と思い込み、かつ決めつけてきたことに対しても、ぼくは大いに疑問を投げかけたいと思う。たしかにそこには文明的な技術も設備もない。しかし彼らは自然の力や素材を巧みに利用して、それなりの快適空間や生活環境を見事に作りだしてきたのである。
 実際に、ほんのわずかではあっても、彼らのまねをしてみて分かったことは、そこにこそ合理的な知恵が生かされているということだった。
 しかも彼らは決して自然を壊さずに、長い間自然の恵みに守られて生きてきた。それは、環境問題が非常に深刻な事態を引き起こしている昨今の地球を考えるとき、むしろ現代人が積極的に学ぶべきものとはいえまいか。

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