呼びかけの言葉
■『エコろじー』創刊予告号に、まず以下のような呼びかけをしました。
こころ豊かに、楽しく暮らそう!
日本は経済的に大成功したと言われています。確かにわが国は、アメリカに次ぐ世界第二位の経済大国です。でもその結果、私たちの暮らしや人生は、本当に豊かに、幸せになったのでしょうか。
ちょっと周囲を見わたしてみてください。
倒産したり、経営に苦しんでいる会社がたくさんあります。
職を失ったり、リストラの心配で、不安におののいている人々がいっぱいいます。
また会社に勤めてはいても、収入が減ったり、いつどうなるか分からず、将来に希望の持てない人があちこちに見られます。
そんななか、凶悪な社会犯罪や自殺などといった悲しいできごとが、ここ最近どんどん増えてきています。
このような不安な社会を、私たちはただ黙って見ているしかないのでしょうか。
いえ、もう少し安心して暮らせる方法はあるはずです。たとえば、
街角のゴミ捨て場に、まだ使える子供机が捨てられていたとします。失業中の人や生活が苦しい人なら、それを見て
「あれがいただけたら、子供が喜ぶだろうなぁ…」 と思うかもしれません。
しかし、捨てたものを拝借するのは気がとがめますし、ちょうだいしようと思っても運ぶのが大変です。そこで仕方なくあきらめてしまう、というケースも多々あることでしょう。
このように、一方にまだ使えるものをゴミとして捨てる者がいるかと思えば、一方でそれを心から欲しいと願っている者たちもいます。また一方に「何か役立つことをしたい」と願いながらも時間を持て余している者がいて、他方に必死で「人の助け」を求めている者もいます。
こうした場合本当は、「捨てたい者」と「欲しい者」、そして「役立ちたい者」と「手助けを求めている者」を結んであげるのがいちばんでしょう。
以上はとても単純なリサイクルの一例にすぎませんが、これに似たムダやすれ違いがほかにもいっぱいあります。
要するに、暮らしに必要な身近な情報が、なかなか手に入らないでいるのです。
このような書き方をすると、あたかもこれが単なる社会的弱者のための情報システムのように思うかもしれません。が、決してそういうわけではありません。
いかに豊かな暮らしをしている人であっても、モノを大切にし、自然環境を大事にし、かつ豊かな人間関係・人間環境のなかで心安らかな人生を送ることは、誰もが抱いている願いではないでしょうか。
「つながり」が切れたモノは、ゴミ箱から焼却場や廃棄物処分場などへと運ばれ、その果てに空気や水や土を汚染します。もちろんそのプロセスでは多くの人手と設備のやっかいになり、多大なコストもかかります。
しかし「新たなつながり」ができるなら、再びモノは生かされ、人にも喜びが生まれます。
つまり、いらなくなったものや能力を捨てずに、求めている人にそのまま手渡すことができるなら、モノも能力もいのちを吹き返すことになるのです。
それぞれの希望(事情・情報)が…)-->
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